ある八月のものがたり
こぼれ話(2)

滝澤 慧

滝澤 慧

私は1941年生まれです。昭和にすれば昭和16年になります。
私はこの年に生まれたことはに、何か運命的なものを感じます。私たちはあの時、大きな力に飲み込まれ、戦争を避けることが出来ませんでした。
戦争を体験した最後の世代である私は、幼い時の体験を、何かの形で、残したいと思っていました。私の同級生でさえ、戦争のことを覚えていない人が多いのです。 「そんなことありえない。人から聞いた話だろう」とよく言われます。私たちは団塊の世代より少し上の世代で、ある意味で「失われた世代」であると思います。
このたび篠崎正樹さんの絵の力で、8月のあの日のことをを再現できたことは、大いなる幸せです。

まこちゃんの着物

これはまこちゃんの着物です。絣の着物ですが、どこの絣かわかりません。久留米絣かもしれません。 なかなか凝った模様で、子供の可愛らしさを引き立てます。ちょうちょとひまわりを思い起こす模様が織り込められています。 おそらく年の離れた兄ちゃんのお下がりかと思われます。
我が家で、何人の人がこの着物をきたか、わかりませんが、長い年月を経ても、鮮やかな絣模様はびくともしません。
ある八月のものがたりの最後にこの絣の着物をまこちゃんが着て、桜の咲く坂を曲がって消えていきます。

儚い命でした。